医療法人横浜博萌会における人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関わる考え方とその支援

l. これまでの経緯

 平成19年に厚生労動省は、「人生の最終段階における医療のあり方について」患者・医療従事者ともに広くコンセンサスが得られる基本的な点について確認をし、それをガイドラインとして示すことが、よりよき人生の最終段階における医療の実現に資するとして、初めてガイドラインが策定されました。
 平成27年には、最期まで本人の生き方(=人生)を尊重し、医療・ケアの提供について検討することが重要であることから、「終末期医療」から「人生の最終段階における医療」へ名称の変更が行われています。また、平成30年3月には、近年の高齢多死社会の進行に伴う在宅や施設における療養や看取りの需要の増大を背景に、地域包括ケアシステムの構築が進められている現状を鑑み、近年諸外国で普及しつつあるACP (アドバンス・ケア・プランニング:人生の最終段階の医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチ-ムと事前に繰り返し話し合うプロセス)の概念を盛り込み、医療・介護の現場における普及を図ることを目的にガイドラインが見直されました。
 このガイドラインを受け、近年の社会的背景を踏まえ、当法人として「人生の最終段階における医療・ケアの対応指針」を策定しました。

Ⅱ. 対応指針の理念

 日進月歩の医学・医療によって多くの患者の命が救われるとともに、その医療のあり方について多くの深刻な問題を生じさせることになりました。回復の見込みがなく緩慢に、あるいは急激に死へと向かいつつある患者に対する延命措置のあり方もそのうちの一つです。
 人生の最終段階においては、本人の意思が一番重要であり、その意思を尊重した医療・ケアを提供する中で、尊厳ある生き方を実現していかなければなりません。そのため、いたずらに延命を試みるよりも、QOL(quality Of life、生活の質)やQOD(quality Of death、死に向かう医療・ケアの質)をより重視し、場合によっては延命措置の差し控えや中止も、本人の医療・ケアとして考慮すべきことと考えます。
その際、薬物投与、人工呼吸器装着、栄養補給などの措置が問題となりますが、それらの措置の差し控え・中止は死につながる場合があるだけに、その決定には慎重さが求められます。本人にとって、どのような措置が過剰な負担であり、無益であるかの判断は必ずしも容易ではありません。そのため、その判断に当たっては、医学的妥当性だけではなく、ACP (アドバンス・ケア・プランニング)の実践に努めることによって、本人の人生観・価値観を含めその意思を十分に尊重し、本人の最善の利益の確保がされるように行われなければならないと考えます。担当医・かかりつけ医一人だけで行うのではなく、他の医師や医療・介護関係者などから構成される医療・ケアチームの意見を十分に聞いた上で行うべきです。超高齢社会の進展を見据えた地域包括ケアシステムを構築していく中で、その要の役割を担うかかりつけ医を中心に多職種が協働し、地域で患者を支えていくという視点も重要です。延命措置の差し控えや中止については、それを求める本人の意思がその時点で認められることが重要であると考えます。本人の意思については、本人の口頭または文書等による意思表示のほかに、本人が正常な判断ができないあるいは本人が意思を明らかにできないような状態では、本人の文書等による事前の意思表示を確認することが重要です。また、患者本人の直接的な事前の意思表示がない場合、家族等の話から本人の意思を推定できることがあります。しかし、本人の意思は可能な限り確認されることが重要であることから、近年では、本人の意思決定を支援する方策として、ACPの考え方が普及しつつあります。
 ACPとは、将来の変化に備え、将来の医療・ケアについて、本人を主体に、その家族等及び医療・ケアチームが繰り返し話し合いを行い、本人の意思決定を支援するプロセスのことです。本人の意思は変化し得るものであることから、医療関係者より適切な情報提供と説明がなされた上で、本人を主体にその家族等及び医療・ケアチームが繰り返し話し合いを行い、本人の意思を共有しておくことが重要です。ACPは、その都度の話し合いを記録し、それを繰り返すプロセスであり、そのことによって最大限本人の意思の実現を図るための手段であると考えます。

Ⅲ. 当法人における人生の最終段階における医療・ケアの基本方針

 人生の最終段階を迎える患者とその家族が、医療ケアチームとの話し合いのもと、患者の意思と権利が尊重され、心安らかな終末期医療を迎えられるように努めます。本対応指針は厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関する対応指針」を規範とし策定しています。

  1. 医師などの医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされ、それに基づいて医療ケアを受ける本人が多専門職種の医療・介護従事者から構成される医療ケアチームと十分な話し合いを行い、本人による意思決定を基本とした上で人生の最終段階における医療・ケアを進める。
  2. 本人の意思は変化しうるものであることを踏まえ、本人が自らの意思をその都度示し、伝えられるような支援を、医療・ケアチームで行い、本人との話し合いを繰り返し行う。
  3. 本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、家族等の信頼できる者も含めて、本人との話し合いを繰り返し行う。この話し合いに先立ち、本人は特定の家族等を自らの意思を推定する者(代理意思決定者)として前もって定めておく。
  4. 人生の最終段階における医療・ケアについて医療・ケア行為の開始・不開始、医療ケア内容の変更、医療・ケア行為の中止などは、医療ケアチームによって医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断する。
  5. 医療・ケアチームにより、可能な限り疼痛やその他の不快な症状を十分に緩和し本人・家族などの精神的・社会的援助も含めた総合的な医療・ケアを行う。
  6. このプロセスにおいて、話し合った内容は、その都度文書にまとめておく。
  7. 生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死は、本規定の対象とはならない。

Ⅳ. 人生の最終段階(終末期)の定義

人生の最終段階(終末期)とは(全日本病院協会、2016)以下の3つの条件を満たす場合をいう。

  1. 複数の医師が客観的な情報を基に、治療により病気の回復が期待できないと判断すること。
  2. 患者が意識や判断力を失った場合を除き、患者・家族・医師・看護師等の関係者が納得すること。
  3. 患者・家族・医師・看護師等の関係者が死を予測し対応を考えること。

Ⅴ. 対応指針の対象

  1. がん末期など生命予後が非常に短いことが予測される場合
  2. 慢性疾患の急性増悪を繰り返し生命予後の危機に瀕する場合
  3. 脳神経疾患で回復が見込めす、生命予後の危機に瀕する場合

Ⅵ . 当法人の意思決定支援の体制

人生の最終段階における過程では、個々の死生観により死の受入れ方が異なることを踏まえ、患者自身又は看取る家族、代理意思決定者の思いも錯綜し、変化していくものであることを前提に、支援体制を整える。

〈支援体制〉

  1. 倫理コンサルテーションチーム
    当法人スタッフの求めに応じ、法人内で提供される医療サービス全般に関し、ジレンマや倫理的課題を抱える案件について、その事務的な受理と倫理的価値判断を多職種で検討するための支援を行う。また、当法人職員の倫理観醸成に資する研修並びに広報・啓蒙活動を企画運営するものとする。
  2. 倫理委員会
    倫理コンサルテーションチームあるいは当法人スタッフの求めに応じ、事例の倫理的課題につき検討を行い、必要あれば最終的な決定を行う。

Ⅶ. 倫理コンサルテーションチームによる方針の決定支援手続き

  1. 倫理コンサルテーションチームへの相談
    本人・家族等からの申し出を受けた内容、同時に職員個々のジレンマや倫理的課題について、倫理コンサルテーションチームへ相談を行うことができる。申請する職員は、所属長や主治医の承認を得る必要はなく、匿名で申請を行うことが可能。
  2. 倫理コンサルテーション
    倫理コンサルテーションチームは提出された内容を検討し、合議を行う。事例に社会的・法的・生命に影響があると判断された場合、直ちに倫理委員会へ対応を依頼する。
    倫理コンサルテーションチームは、担当する医師もしくは部署長又は代行者へ通知の上、多職種による協議の場を設定する。また、適切に協議が行われたかを評価し、不十分な場合は再度の検討を促す。
  3. 本人、家族の同意のもと意思決定支援開始
    部署長又は代行者もしくは担当看護師は、倫理コンサルテーションチームを活用し、本人・家族等の病状の理解の促進や病状認識を確認しながら、本人・家族の意思決定支援を行う。
  4. 繰り返し相談、診療録に相談内容を記載し共有
    一度の相談で合意形成は困難であることが多く、信頼関係を構築しつつ、時間をかけた丁寧な関わりが必要である。
  5. 地域へ本人の思いをつなぐ
    療養場所が変更される場合、本人の思いをつなぐ目的で地域との連携を図る。

Ⅷ. 人生の最終段階における医療方針の決定について

  1. 人生の最終段階であることの説明
    複数の医師が人生の最終段階であると判断した場合、患者・家族等に説明し、患者が終末期の状態にあることについて理解と納得を得る。その際、患者は意思を明確に示せる状態(成人の方で判断能力があり意思表示が可能)であるかどうか、多職種で判断する。
  2. 患者等の意思確認及び方針決定の方法
    1 )患者の意思が明確な場合
    ①患者本人の状態に応じた専門的な医学的検討を経て、医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明を行う。必要に応じて倫理コンサルテーションチームへの相談を行い、患者・家族や多職種間で十分に話し合い、本人の意思決定を基本に方針を決定する。可能な限り、決定した方針に基づき意思確認書を作成する。
    ②時間の経過、心身の状態変化、医学的評価の変更等に応じて、本人の意思が変化しうるものであることを考慮し、その都度、患者・家族との十分な話し合いを行い、意思決定の支援をする。
  3. 本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があるため、家族(代理意思決定者)等も含めて話し合いを行う。
  4. 話し合った内容は、その都度、記録にまとめておく。

Ⅸ .支援の記録

  1. 診療録
    主治医が患者・家族等に終末期の状態であることを説明し、意思確認書を作成した際には、以下の内容について診療録に記録する。また、説明時に同席した看護師等も同様に、診療録にその内容、もしくは患者・家族の受け止めた内容を記載する。
    • 医学的観点から
      医学的終末期であること、家族等に説明した内容、説明を受けた者の理解・状況
    • 意思確認の観点から
      本人の意思、事前指示書の有無(もしも手帳含む)、代理意思決定者による推定意思、医療・ケアチームメンバー名
    • 延命措置の観点から
      選択肢の可能性とそれらの意義、患者にとって最善の治療方針についての検討事項、検討メンバー名
    • 状況変化への対応
      状況の変化や対応の変更、治療経過と結果
  2. 意思確認と診療録記録
    主治医によるリスク判断を基に、人生の最終段階であるという判断の有無に関わらず、患者・家族の話し合いのもと、今後の医療行為における患者の希望について意思確認書等を利用して確認を行う。また、同内容については診療録に記載しておくこと。
  3. 倫理委員会
    倫理コンサルテーションチームの活用で解決がされず、倫理委員会に諮る場合は、主治医の指示にて申請書を作成し、倫理委員会事務局(総務課)へ申請書を提出する。

X .参考文献

厚生労働省:人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン2018
全日本病院協会:終末期医療に関するガイドライン、2016
日本医師会:終末期医療に関するガイドライン(改訂案)、2021


ダウンロード資料

人生会議とは
人生会議ノート【要約版】
人生会議ノート【詳細版】